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JRFUメンバーズクラブ会報誌「JAPAN ! JAPAN !」第61号

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「ハーフタイム」~村上晃一の会報誌こぼれ話~

今号の巻頭インタビューは、ヒトコム サンウルブズのマーク・ハメットヘッドコーチ。世界最高峰のプロリーグに日本チームとして初参戦し、奮闘するサンウルブズの指揮官だが、そのキャラクターは日本のファンの皆さんにはあまり知られていない。日本のトップリーグにもたくさんの海外出身コーチがいるが、ハメットHCはどんなタイプなのか。取材場所は、サンウルブズが使用する辰巳(東京都江東区)の練習場。ハメットHCはいつものように屈託のない笑顔で現れた。通訳は前日本代表HCのエディー・ジョーンズさんの傍らにいつもいた佐藤秀典さんだった。ハメットHCについて、佐藤さんはこんなことを話していた……。

「なんか、これでいいのかってソワソワするんですよ」。前任者のエディー・ジョーンズさんは、スタッフにも厳しく接し、佐藤さんにも次々に仕事を命じた。ほぼプライベートの時間がなくなるほどだった。もちろん、妥協のない指導者だったからこそ快挙を成し遂げられたのだが、ハメットHCは、スタッフや選手のプライベートを尊重するタイプ。自由な時間も多く、逆にソワソワしてしまうのだそうだ。そういう性格もあってか、選手からは「ハマー」と慕われている。あるスタッフからは、「ハマーを勝たせたい」という言葉も聞いた。サンウルブズが、タフな日程の中で健闘できている一つの要因でもあるだろう。巻頭インタビューでは、次女のノヴァさんとのエクササイズがリラックスできる時間だと話すなど家族思いの一面をのぞかせている。「家族と離れて長く仕事をするのは難しい」とも。

さて、そのハメットHCは、ニュージーランド南島カンタベリー地区のクライストチャーチ出身。カンタベリーと言えば、僕の大学時代(大阪体育大学)時代の監督である坂田好弘さんが、1969年に留学し、カンタベリー州代表になったことが思い出された。初対面のとき、ハメットHCに、「サカタを知っていますか? カンタベリー州代表に選ばれた日本人なのだけど」と尋ねたことがある。しばらく考えていたハメットHCは、「聞いたことがあるけど、いつの話ですか?」と答えた。「1969年です」、「ああ、僕、生まれてないや(笑)」、「そっか、まだ若いんですね」

ハメットHCは、1972年生まれの43歳。日本代表でいえば、伊藤剛臣選手、元木由記雄さんの一年下になる。U19ニュージーランド代表のキャプテンを務めたほか、各世代の代表を経て1999年から2003年までオールブラックスのHOとしてプレーした。カンタベリー州代表で活躍し、スーパーラグビーのクルセイダーズの創設メンバーでもある。同時代にアントン・オリバー、ケヴィン・メアラムという名選手がいたためにオールブラックスでは交代出場が多いが安定感あるプレーで28キャップを得ている。同じHOだったエディー・ジョーンズさんも「彼は素晴らしいHOだった」と称賛していた。

ハメットHCと、次期日本代表ヘッドコーチのジェレミー・ジョセフさんは、同じニュージーランド人だが、ジョセフHCが1992年から1995年のオールブラックスだったため、一緒にはプレーしていない。しかし、ニュージーランドのジャーナリストに聞いた話では、ハメットHCがスーパーラグビーのハリケーンズのHCに就任したとき、対抗の候補がジョセフHCだったのだとか。今は、そんな過去も乗り越え、9月からの指揮になるジョセフHCに代わって、ハメットHCが6月の日本代表のHC代行を務め、協力して日本代表強化にあたってくれている。良い結果を期待したい。

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